踊る編集者が編集長へとなったわけ

「なんで近藤さんはエンジニアじゃないのに勉強会に参加してるんですか?」

昨年のこと、吉祥寺.pmというPerlコミュニティを中心としたなんでもありの勉強会のあとの懇親会で、とあるエンジニアさんが、私にこんな質問を投げかけました。

ITエンジニア向けのWebメディアの編集者である私は、ITコミュニティには、仕事に役立つ知見やつながりを得るため半分、純粋に楽しいから半分で出入りしていました。自分が話せそうなネタがあれば登壇することもあり、周りからのフィードバックも上々で嬉しかった記憶から「……目立ちたいから?」なんて返答をした覚えがあります。

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今の会社で、「CodeZine」というWebメディアの編集の仕事をするようになって、もう7年目になります。当初は「いつかは転職するのかもしれないなぁ」なんてうっすらと思っていたけれど、どんどん新しいミッションが降ってきて、なかなか飽きる気配がありません。

そんな私でも、会社員になってしばらくは、すっかり丸くなってしまったとことに悩んでいた時期があります。

そこから、自分のなかで行動を起こし「Developers Summitデブサミ)」という3000人以上のITエンジニアが集まるイベントのオーガナイザーをやらせてもらえるようになるまでのことは、2018年夏に「りっすん」に寄稿させてもらいました。

www.e-aidem.com

当時も、「5分でも10分でもいいから、登壇の機会を増やそう」と、勉強会での登壇の機会を持ったり、自分で勉強会を運営したりといったことが、大きな新しい仕事をやっていくうえで、自分を認めてもらうことにつながったと感じています。

今回のエントリは、さらにその、先のお話。

本エントリは、はてなさんより「はてなブログ タグキャンペーンに参画しませんか?」とお誘いいただき、ご依頼を受けて書いたものです。謝礼は受け取っていませんが、自由に書かせていただきアウトプットを振り返るよい機会となりました。ありがとうございました!

エンジニア総アウトプット時代が来たら、編集者はどうなるか?

2018年頃から、私の観測範囲内で、ITエンジニアの「アウトプット」に対しての流れが変わってきたように感じます。

技術同人誌のお祭りである「技術書典」の規模が急拡大し、注目を浴びていること。初心者や、私のような非技術者でも登壇ができるようなさまざまな勉強会が増えたこと。「アウトプットすると情報が集まってくる」「アウトプットすることは最大の学びである」ということが、一部の限られた人だけでなく、多くの方に共有された時期だったんじゃないかと思います。

それはとても素晴らしいことで、私もアウトプットの良さを広げていく一端を担いたいと思ってはいるものの、エンジニアが出版社を介さずに本を出し、個人で技術イベントをやっていく流れがさらに進むと、私のような編集者の仕事はなくなってしまうのではないかという不安もありました。

しかし、不安がっていてもしょうがありません。技術書典のあとの打ち上げとして「非公式アフター」という飲み会に参加していると、とあるサークル主さんから「ゆうこりんは技術同人誌出さないの~?」と声を書けてもらったのです。これまでだったら「ネタが無いし」「本職が編集者だからなんだか悪いし」なんて思っただろうけど、「みんなが楽しそうだからやってみよう!」と、思うに至りました。

そうして2019年の3大目標のひとつ目として「技術書典に出展する」を掲げました。

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「見る編集者」から「踊る編集者」へ

2019年4月に開催された技術書典6。無事当選し、憧れのサークル出展への第一歩を踏み出しました。作ろうとした本は、Webサイトを簡単にホスティングするためのプラットフォームを紹介する本。すでに知っている内容ではなく、自分が「これから学びたい」と思った内容を学びながらまとめようというものです。

自身が編集者でありながらも、制作は一筋縄ではいきませんでした。仕事や、カンファレンスのスタッフ業があって執筆への気持ちが盛り上がらず、技術検証に着手したのは開催日の1か月前でした。その制作の炎上具合は、実質1週間で100ページを書くというもの。私はエンジニアではないので、深い技術的な洞察や、現場で役立つ実践的な内容をまとめることは難しいものの、短い期間でありながら、初心者がステップバイステップで理解しやすい構成力、書きながらまとめ上げる能力、簡単なデザインやイラスト制作のスキルもあったので、エンジニアとは異なる良さが出せたのではないかと思います。

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技術書典は本当に楽しかった。本のみならず、販促物やグッズなどいろいろなものを作って、プリミティブなものづくりの楽しさがそこにありました。本の内容に関する質問も受けて、うまく答えられると、私が技術で人の役に立てた、技術コミュニティの仲間になれたんじゃないかと、嬉しい気持ちになりました。そして執筆の苦しみを味わうことで、エンジニアのアウトプットを心から尊敬できるようになりました。

さらに技術同人誌を執筆したからこそ、書店を通じて、同人誌よりもたくさんの人に届けられる商業出版や、検索でヒットし、多くの方を救いうるWeb記事など、私達がやっている商業の役割に気づくことができました。

技術同人誌に関する勉強会として、よく遊びに行った「技術同人誌再販Night」というイベントがあります。技術書典6のあとに参加した再販Nightで登壇した際のタイトルは「踊る編集者」。今までの登壇してきた発表タイトルで、最も気に入っているものです。

speakerdeck.com

「踊る」という言葉は、阿波踊り歌の一節「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」から取っています。楽しそうだと思うなら、見ているだけじゃなくてやってみる。そして学んだことをもとに、自分の本分(見る側)に帰っていく。実践者と観察者を軽やかに行き来するような、「踊る編集者」としてのあり方が自分の強みではないかと、そう思ったのです。

アウトプットを通じて上がった視座

2019年の後半には、自分の仕事を通じて得た知見について、登壇するようになりました。それまでは、個人の立場で気軽に、仕事には直結しない、ダイエットや英語学習などの雑学について登壇することが多かったのです。

印象に残っているのは、2019年9月に開催した、開発者マーケティングに関するカンファレンス「DevRel/Japan 2019」での登壇。セッションの公募に当選し、「編集者視点でのテックカンファレンスの作り方」というタイトルで、デブサミを企画するうえで何を大事にしてきたかを紹介しました。

devrel.tokyo

25分のセッションでしたが、なかなかまとまらず、カンファレンスのスタッフにも関わらず、直前まで資料を調整することに。公募に当選したからには責任を持ってやらねばと言うプレッシャーがありました。私はこれまで、デブサミで公募を募ったり審査したりする側でしたが、ここまで大変なものだったのかと、思うに到りました。 聞いてくださる方に役に立つのか大丈夫か不安でしたが、反響はとても大きく、嬉しかったです。

DevRel/Japanのほかにも、カンファレンスの公募に対してどんな基準で見ているかについてのセッションメディアから見た効果的な技術ブランディングについてのセッションなど、自分の立場から共有できる知見を、どんどんアウトプットしていくようになりました。

年が明けて、2020年2月に開催したデブサミ2020。デブサミは、テーマが命だと思いながらも、毎年悩みながら考えています。今の時代にマッチし、「このテーマについて一緒に考えてみませんか?」と提示したいものは何か、うんうん唸っているとき、市谷聡啓さんの著書『正しいものを正しくつくる』の章タイトルからインスピレーションを受け、デブサミ2020のテーマを「ともにつくる」をしました。

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テーマを「ともにつくる」とした結果、多くのスピーカーの方に、そのシンプルな6文字に呼応したセッションをお届けいただけたのが、とても嬉しかったです。

私たちが企画するイベントは、広くエンジニアに届き、多くのエンジニアの助けになるかもしれない。サミットと名がつくように、エンジニアとしての発信の場、エンジニアの頂点を目指す場はもちろん、一緒に考えてみたいテーマを提示することで、そのことについて立ち止まって考える場になり、そして前向きなアクションにつながっていく。デブサミが生み出したうねりと推進力が、世の中を良くしていけるかもしれない。まだまだ足りないかもしれないけど、私たちはそういう使命を担っている、そう思いました。

そしてデブサミが持つポテンシャルは、エンジニアの方に広く参照していただきうるWebメディアのCodeZineでも、同様にポテンシャルがあると思いました。関わってくださるエンジニアの方、読者のみなさんに貢献できているかというと、まだまだ課題が多いけど、いまがやるタイミングなんじゃないか。自分のなかでも視座が上がった瞬間でした。

2020年2月末、大規模カンファレンスが中止になり、小規模なイベントはまだ実施しているものもあった、過渡期の頃。上長との1on1に、さらに上の上長も同席していました。「何か怒られるんじゃないか……」と不安になる私に、上長が言ったのは「CodeZineの編集長を任せたい」という言葉だったのです。

私の新しい挑戦

そうして、私は2020年6月1日、ソフトウェア開発者向けのWebメディア「CodeZine」の15周年のタイミングで、編集長を引き継ぐことになりました。

15周年にあたって、コンセプトも「デベロッパーの成長と課題解決に貢献する」と変更しました。これは、Web、イベント、書籍など、自社が持っているさまざまなメディアを最大限活用し、エンジニアのインプットとアウトプットの価値を最大化することで、エンジニアの幸せと、世の中に対するポジティブな影響を生んでいきたいという、私の願いを込めています。とても遠い遠い道のりなのですが、きっと実現できると信じています。

codezine.jp

コロナ禍の影響で、私の生活は一変してしまいました。以前は、エンジニア勉強会にフットワーク軽く参加し、登壇や技術同人誌執筆など、注目を浴びるようなアウトプットをより好んで行っていました。

今年からたまたま、自分のなかで「内省」がブームになったのが象徴的なように、今年になってから、落ち着いて思索にふけったり、大切な人とゆっくり対話したり、毎日欠かさず日記を書いたり、そのなかで特に伝えたいことは、こうしてブログを書いたり。そういうアウトプットの仕方に変わってきました。

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さらに、自分にとって本業が最もインパクトのあるアウトプットだと感じています。これまでは、仕事も頑張るけど、それとは関係ない個人活動でも目立とうとしていました。そこには、仕事に対して「私の本当の世界ではない」と思う部分があったからかもしれません。

今は、仕事にオーナーシップを持てるようになったからか、今の仕事を頑張ることが、私が世の中を幸せにできる一番の近道である、と思うようになりました。

個人的な話になるのですが、私は貧困で恵まれない家庭に生まれ育ってきたと思ってきました。そこから、学校の先生の助言や、大人になってからも色んな生き方に触れ、納得のいく進路を選択することができました。しかし、機会が与えられなかったり、選択肢を知らないままだったりといった、自分の責任のないことで、可能性が閉ざされてしまったとしたら、とても悲しいことだと思うのです。私たちが取り組んでいることは、エンジニアの成長や現場の課題解決につながることを、世の中に広く届けることで、多くの人を救いうるかもしれない。そう気づいたとき、私の原体験と、今のミッションがつながりました。

私の旅はまだ始まったばかりです。

冒頭の質問、私はなぜ、エンジニアじゃないのに勉強会に参加するのか。それにいま回答すると、アウトプットの快楽と、そこから得た学びによる、世の中を幸せにしたいという使命感。「踊る編集者」として両方を行き来していきたいというあり方が、わたしのアウトプットの方法であり、エンジニアコミュニティに参加する理由です。